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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

右の手に、郁次郎のほそい手を握った。

「ふたり共に、わしの見ている前で……わしの息のあるうちに、婚儀をあげてくれ。おお! 一献の酒も、一荷の祝いもないと、嘆いてくれるな。わしはどうしても、ここで、そなた達二人を、若い未来へ、幸福な生涯へ、見送らねばならぬ義務がある。それは、富武五百之進殿に対して誓ったことばがあるからだ。瀕死の老人でも、まだわしが呼吸をしているうちに、二人を結ぶことは、どんなに心強いか知れまい。……よいか」

「お父様……」

「父上……」

「なぜ泣く。強く生きよ。いいか。幸福に行けよ! いいか」

「は、はい……」

「郁次郎は、気が小さい。世間に弱い。社会にうとい。それを直せ、修業しろよ」

「ご苦労をかけました。父上、この、不孝の罪を、何とおわびしてよいか分りませぬ」

「花世! いや、伜の嫁よ」

「はい……」

「いじらしい、牢獄の花嫁よ! そなたは、何という薄命だったろう。だが、これからは幸福になれる。きっとなれる。わしが、あの世からも守ってあげる。よい嬰児を生みなさい。よい母になっておくれ……。そうしてくれれば、五百之進殿へ、わしは心の責めが幾分かすむ」