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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
「待て待て」
「へい」
「公用じゃ、殊に、密談を要すること、番頭などに洩らすわけにはならん。内儀に飛脚を打って、立ち帰り次第に、奉行所に出頭させい。世間憚らぬ不貞な行状、きびしく叱りおくぞ」
用の足らぬ腹立ちも交ざッて、苦々しげに立ち上がると、奥と帳場の境をかくしている数寄屋暖簾を分けて、小肥りな、四十がらみの男が、あわただしく、それへ出て、細縞の羽織をさばいて彼の前へ、ぺったりと、両手をついた。
「しばらく、お待ち下さいませ」
「誰だ……其方は」
「当家の主、佐渡屋和平でござります」
「な、なんだと!」
東儀は愕然とした余り、思わず足を退いて、
「佐渡平? ……あの、そちが、死んだ佐渡平だと申すのか」
「鷺江お雪の家で殺されていた町人は、あれは、私の弟、忠三郎でござります」
「それをば何で、先頃、部下の者が当家へ調べに参った時には、そちの内儀を初め家族一同が、悲嘆の涙にくれ、なお、其方が死んだものと申し立てたか」
「まったくの思い違いでござりました。その間違いの原因は、実に十五夜の当日、高輪の月見茶屋から友達と外れて、そのまま、大山へ詣り、箱根熱海と遊び廻って立ち帰りますと、死んだ主人が戻ったというわけで、私の方こそ、呆っ気に取られましたような次第で。