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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

――で、聞き耳を引っ立てた。

今より一ヵ月の以前であったが、三宅島で死んだはずの老儒者が、両国の広小路を歩いていたので、たしかめようと後を追ったところ、老儒者には警護の武士があって、代官松をさえぎったがために、代官松は引きさがったが、そのまま引くような無能者ではなかった。引きさがって逃げたと思わせておいて、その実は見え隠れにつけて来て、そうして老儒者と警護の武士とが、この屋敷の中へはいったことを、覚られずに首尾よく突きとめたのであった。で、その後というものは、夜と昼との差別もなく、この屋敷へやって来ては、グルグルとようすを探ったり、近所の家々を訪れては、住人の起居を尋ねたりした。が、その結果知ったことといえば、このりっぱなお屋敷なるものが、八千石のお旗本の松浦左膳の控え家であることと、多くの武士が出入りをすることと、時々議論でもするらしい、人の話し声が洩れて来ることと――ただそれくらいのものであった。

「儒者ふうの老人がいるはずだが?」こう鎌をかけて近所の者へ訊いたが、「さあその点は存じません」と、あっけない挨拶を聞かされたばかりであった。

「いくらか妙に思われますのは、数ヵ月から並びの借家が、いっせいに店立ちしましたことで、なぜだろうと私たちは噂をしております」