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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

出来事が出来事であるがために、無駄な駄弁などを弄そうともしない。鈴江と一緒に走って行く。不意に鈴江は小次郎のことを思った。

「さっき方、家を出て行ったが小次郎はどこへ行ったものであろう? 町を歩いているうちに、火事の噂を聞いてくれたかしら? 聞いたならあの子も駈けつけるであろう。柔弱な弟ではあるけれども、こんな場合には駈けつけてくれて、助けになってもらいたいものだ、小次郎! 小次郎! 小次郎! 小次郎!」

懸命に走る! 懸命に走る! 吹矢町を走り抜け、本物町も走り抜けた。番場町も走り抜け、神田川の河岸へ出た。と、橋を渡り越して、なおも鈴江と駒雄とは、東南のほうへ走り下った。こうして佐久間町の二丁目まで来たが、その時鈴江は行く手にあたって、黒塗り蒔絵らしい一挺の駕籠を、四人の武士と四人の老女とが、警護をするように引きつつみ、若侍の死骸らしい物を、その中の二人の武士が釣って、粛々とこちらへ進んで来るのを見た。火事場へ駆けつけて兄を助けようと、息せいている場合ではあったけれども、行列があまりにも異様であって、妖気にさえも充ちていたので、「まあ」とばかりに声を上げて、鈴江は足を釘づけにした。