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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

。とにわかにヒョロヒョロヒョロヒョロと、嘉門は二、三歩前へ出た。

「君江殿あぶない、そこは川じゃ!」――で、両手を突き出したがそれでささえようとしたのでもあろう。

なるほど、これはあぶなかった。人影――すなわち君江なのであるが、神田川が家並みと反対の側に、たっぷりと水をたたえた姿で、月光を浮かべて流れているのに、狂った心から気が付かなかったのだろう、落ち込もうとして寄って行ったのであるから。がようやく気が付いたらしいので、岸で辛うじて踏みとどまって、今度は川とは反対のほうへ、フラリフラリと歩いて行った。

「まずよかった、命びろいをなされた」安堵をしたというように、嘉門はまたも両足を踏んばり、膝の上へ両手をいかめしく突いた。が、それとても一瞬間で、またもやヒョロヒョロと飛び出して行った。「あぶない! 君江殿! そこは石垣じゃ!」

いかさまこれもあぶなかった。家並みの一所に石の垣が、少しく往来へ突き出して、荒々しく築かれて延びていたが、それへ君江が背負った子の、竹太郎の頭を打ち付けようばかりに、フラフラとよろめいて行ったのであるから。が、もう一足というところで、どうやら心付いたと見えて、足を踏みたえて姿勢を直し、それから先へ歩き出した。