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むすめえんじゅつし
娘煙術師
国枝 史郎
「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页
――が、こう再度叫んだ時には、嘉門の姿は遠のいていて、嘉門に強く振りもぎられたために、地へ倒れた鴫丸ばかりが、往来の真ん中に残っていた。
「ホーッ」
と鴫丸は太い息をついた。と、そのことが鴫丸の恐怖を、かえって心から消したと見えて、もう叫ぼうとも走ろうともしないで、トホンと地上へすわったままでいた。しかしすぐに「おや」といって、ノッソリと片手を前へ伸ばした。月光に薄白い往来の色を一所きわ立てて白く染めて、巻かれた小長い奉書紙が、膝の前にころがっていたからであった。
「何かな?」と鴫丸は巻き奉書を取り上げ、無心にスルスルとひろげて見た。
「たくさんの字が書いてある。赤い色が付いている」
しかし鴫丸の身にとっては、なんの値打ちもない品物であった。で無心に捲き納めると、無心に片手に握り持った。
鴫丸はガックリと首をたれて、何やら茫然と考え出した。
しかしにわかに立ち上がると、
「お妻太夫さん! お妻太夫さん」と泣き出しそうな憐れっぽい声で、あくがれるように呼ばわったが、佐久間町のほうへ歩き出した。
手に持たれている巻き奉書が――嘉門の懐中に蔵されていて、鴫丸を強く振りもぎった時に、落としたところの巻き奉書であるが――ダラリと下げられているがために、その先が鴫丸の足の甲を、かすったり打ったりしてひらめいて見えた。