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むすめえんじゅつし
娘煙術師
国枝 史郎
「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页
が、その後のつぶやきは、二人とは反対なものであった。
「大先生がお丈夫なら、こんな嬉しいことはない。また私は浮世へ出ることができる」
感情が昂ぶったがためでもあろう、見台へついていた左右の手の、指の先がピリピリと顫え出した。と、うっすりと眼の中へ、涙のようなものが浮かみ出た。
「お確かめしようお確かめしよう。たしかに大先生であられるか、それとも全くの人違いか」
で、牀几から踏み出した。追って行こうとしたのである。しかしその時意外の事件が、老売卜者の足を止めた。
「お爺さん頼むよ、預かっておくれよ!」
優しくはあったがあわただしそうな、女の声がこう聞こえて、それと同時に見台の上へ、厚手に巻かれた奉書の紙が、音を立てて落ちて来たことである。
反射運動とでもいうのであろう、老売卜者はそれと見ると、ドンと牀几へ腰を下ろして、片袖を上げると巻き奉書を、その袖の下へ隠したが、眼を返すと声の来た方角を見た。と、往来の人波を分けて、誰かに追われてでもいるように、さもあわただしく走って行く、娘と手代とが眼にはいった。「はてな?」とつぶやきはしたものの、それよりも大切なものがあった。