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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

金兵衛の苦痛

これも小次郎を見守っている。

洞然と開かれていた小次郎の眼が、しだいしだいに細まって来た。と、睫毛が下眼瞼をおおうた。俄然身体が傾いた。で、小次郎は横へ倒れた。股のあたりが、だんだんと赤く染まって行く。綴じ紙が血汐を吸うからであった。しかも小次郎は綴じ紙を、握ったままで放そうとはしない。――で、部屋の中は陰惨として、限りない静寂に充たされていた。

と、そういう静寂を破って、佐久間町の往来からわめく声が、ここの部屋まで届いて来た。

「お粂の姐ご、一大事だ! お屋敷の方々、大変でござんす! 代官松の一味の者が、多勢押し寄せて参ります!」

それは金兵衛の声であった。

金兵衛の苦痛

金兵衛が往来を走っていた。いやいや走っているのではなくて、這いまわってうごめいているのであった。その片側に神田川の、ゆるやかに流れる川を持ち、反対の側に家並みを持った、この佐久間町の往来には、例によって月光が敷き満ちていて、蒼白い明るさを保っていたが、行人の姿は見られなかった。で、うごめいている形といえば、金兵衛以外には一個もなかった。その金兵衛の姿と来ては、さながら襤褸の塊りのようであった。