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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

秀之進は門の前に足をとめて、――これが高名な藤田彪の住居なのか、とつくづく眺めまわした。

竹隈はもう町のはずれで、あたりの景色もうらさびれ、家並よりも樹立や菜圃のほうが多いくらいだった。まだ宵のくちなのに、道は人の往き来も絶え、風もわたらぬ空に星のまたたいているのが、すっかり夜の更けたような錯覚をさえおこさせる。……そのなかで藤田家だけは賑やかな人声に溢れていた。元気な議論がたたかわされているらしく、喚くような高ごえや、はじけるような笑いごえが聞えてくる。いかにも活き活きとした、淀みのない空気が感じられる。そして秀之進には、その雰囲気のなかに、久木直二郎や加地や渡や太田などという青年達の姿がまざまざと見えるように思え、なぜかしらん胸を風の吹きぬけてゆくような、たよりない寂しさに襲われた。

「そんなところで何をしているんだい」

とつぜんそう呼びかけられて、秀之進ははっとわれにかえった。いつの間に来たのか、十歳余りの武家の少年が眼の前に立って、じろじろとうさん臭そうにこっちを見ていた。

「うん?……おれか」

「そうさ、おまえさ、誰だいおまえは」

おそろしく横柄な少年である。