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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
――兄のほうはもう長くは生きられないな、かれはひそかにそう思った。もし死んだら、あの娘はいったいどうするだろう、遺骸の始末、自分の身のふりかたをどうするだろう、いや捨ててはゆけない、かれはさらに心でつぶやいた。これを見捨ててゆくという法はない、早水にもそれはわかる筈だ、かれの用務がどんなものか知らないが、この頼りない娘を捨てていっていい道理はない、だって、こんな富士山へ登るような気まぐれをする暇があったんだからな。
食事が終って、大助があと始末を済ませると、しかしもう秀之進は出発の支度をしていた。冗談じゃないと大助は思った。おれはでかけはしないぞ……。
「いくぞ、大さん」
秀之進は笠をかぶってさっさと引戸のそとへ出ていった。大助は娘がじっとこちらを見ているのに気づいた。しかしやはり身支度をして笠を冠り、兄妹のほうへ挨拶をした。
「どうもお邪魔を致しました」
「……この吹雪に」
娘はそう云いかけて口をつぐんだ。その射止めるような、じっと見上げるまなざしが、縋りつきたい気持を表白しているもののように大助には思えた。
「お兄上は御病気のようにおみうけしますが、薬はお手許にお持ちですか、もしなんでしたら下からお届けさせてもよろしいと思いますが」