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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

知らず知らず学問の足しにもなろうという」

「可笑しくって笑えもしないよ」梅八は癇性にきせるで莨箱を引寄せた、「精ぜいが用捨箱か嬉遊笑覧が守り本尊、三才図会となると返り点も頼みにならない頭で、孫索きをうぬが知恵のように書きちらすのさ、だいたい小説などというものは学問も見識もある人が書くから面白くもあり情も移るのだが、おまえさんのはすっからかんの頭で筋のつじつまを合わせるだけなんだからお笑い草だよ、尤もそれを版にする頓狂な本屋があり、おたからを出して買う酔狂がいるから太平楽さ、なにかお云いかい」

「いいえなんにも申しやせん」寒笑は舌を畳んだ、「……御高説を拝聴して用事を思いだしやした、若旦那はお立ちでげすか」

「ああお立ちになったよ」

「なにか云い残しはござんせんでしたかね、実はこないだ和蘭陀語の字引を貸して遣ろうと云って下すったんだが」

「ああその本ならお預かりしてあるよ」梅八のきせるから薩摩のいい香りがひろがった、「但しこの家から持出すのはお断わりだからね、読みたかったら此処へ来て拝見おしな」

「あっしもその積りで来たのさ」寒笑はこう云って包を解いた、「日本に幾冊とない大事な御本だ、お借り申して万一のことがあっちゃあならねえと思ってね、毎日ここへ通って写しちまおうという魂胆ですよ」