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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

しかし平素のかれの熱烈な、むしろ偏執ともいうべき激論が禍いし、同時に、どこにでもあった俗論派の中傷もあって、その願いはどうしても許されなかった。そこで兵馬は脱藩を決意した。

「兄はもちろん独りでそうする決心でございました、けれどもそのとき兄はもう健康を害しておりまして(それゆえ一層あせったのでございましょうけれど)とても独りで出してやるに忍びません、それで、わたくし無理に兄と一緒にお国をたちのきました」藤尾はそういって話を続けた。

兄妹が吉田を脱藩したのは去年の秋八月のことだった。かれらは大洲の加藤領へぬけ、長浜港から船へ乗るつもりで、ある雨の夜ひそかに脱出した。すると鳥坂峠へかかったところで三名の追手に追いつめられた。

片岡休八、千葉勘助、真柳権之允の三人である。中でも片岡休八は田宮流のつかい手として知られていたから、兵馬はもうだめだと思った。しかし捕えられて牢へ入れられても、その病身では存命はおぼつかない。どうせ死ぬなら此処で斬り死をするほうがましだろう。かれは必死の覚悟で抜き合せた。

「いま思えば、そのとき鳥坂峠で斬り死をしたほうが、兄のためには仕合せでございました」