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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

「…………」

秀之進はじっと相手を見た。

「いつかは来ると覚悟はきめていた、命が惜しくて逃げていたのではない、時節の来るのを待っていたんだ、しかし嗅ぎだされた以上は逃げも隠れもせんぞ、斬れるなら斬ってみろ……藤尾、みぐるしいまねをするなよ」

「はい、生死とも兄上さまと御一緒でこざいます」

秀之進は驚いてそっちを見た。もう一人は女である。蒲団をはねて、手早く身ごしらえをする姿はまだごく若い娘だった。男のほうも二十三四だろう、病臥でもしていたとみえ、蒼白けた骨ばかりのからだつきである。眼は落ち窪んでいるし、頬骨は高くとがっているし、ぜんたいに窶弱して吐く息は火のようだった。……いったいこの兄妹はどうして此処にいるのだろう、山開きまえの、人の近寄らぬ富士の頂上へなんのために籠っていたのだろう、それよりもこんなに弱っている兄をどうして伴れて登れたのか。秀之進はそんなことを考えながらじっと押し黙っていた。

「どうするんですか」大助がたまりかねて前へ出た、「いったいどういうわけです、あなた方はどなたです、われわれは今日、いや昨日ふいに思いたって此処へ登って来た者で、誰を捜しに来たのでもなし誰に恩怨もありません、どうか落ち着いて下さい、人違いをしないで下さい、お願いです」