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やなぎばしものがたり

柳橋物語

山本 周五郎

前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页

青空文庫

……おせんは大きく眼をみはり、両手の拳を痛いほど握りしめながら見ていた、……お祖父さんは口をあいていた、眼もあいていた、ちょうど欠伸でもしているようなのんびりとした顔である、然しそれにもかかわらずすべてが空虚で、なにかしらぬけがらをみるような物質化した感じが強かった。幸太は老人の肩を掴んで揺すぶった。それから湯沸しをあけ、手に当る紐をひき千切ってつるを縛ると河の水を汲みあげて老人の頭へあびせかけた、四たびばかりも繰り返して、また心臓へ耳を当てた。これらのことは敏捷な動作と、ぜひとも呼び生かしてみせると云いたげな熱意に溢れていた、おせんは震えながら見ていた、渦巻く煙も、頬を焦がしそうな火気も、泣き喚くまわりの人ごえも気づかずに、そして、やがて幸太が両手を垂れながら立つと、絞りだすような声で叫びながらお祖父さんの胸の上へ泣き伏した。

「済まない、勘弁して呉んな」幸太が泣くような声でそう云った、「……おれがへまだったんだ、もう少し早くいって伴れだせばよかったんだが、こんな処で死なせるなんて、ほんとうに済まなかった」

「いいえそんなことはなくってよ幸さん、ここまででも伴れて来られたのはあんたのおかげだわ、お祖父さんはどうしても逃げるのはいやだってきかなかったんですもの」