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ひのとびら

火の扉

岸田 国士

「時事新報」1944(昭和19)年1月1日~7日、1月9日~2月25日、3月1日~3月5日、3月7日~3月8日、3月11日~3月15日、3月18日~3月21日、3月25日、3月27日~3月29日、4月1日~4月3日、4月7日~4月11日、4月15日~4月19日、4月24日~5月4日、5月6日~5月9日、5月13日~5月17日、5月20日、5月22日~5月24日、5月27日~5月31日、6月3日~6月8日、6月12日~6月17日、6月19日~6月22日、6月24日~6月26日、6月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 页

青空文庫

サラリーのためにだけ仕事をし、或は仕事をしているふりをする同僚の顔をみているのが苦しい。

ことに、彼には話相手というものがないのは淋しかつた。学校の教員室はその意味では唯一の油の売り場所だが、ちかごろは、なんとなく気づまりであまり足が向かなくなつた。先生がみんな陰うつな表情をしていた。議論を吹きかけると、それ/″\に自分の穴へひつこんでしまうように思われた。

そんなわけで彼は、いゝ機会をつかまえて、井出夫人に近づきはじめた。もちろんたゞの話相手としてではなかつた。北原ミユキがのぼせるわけとあまり違いはなかつたけれど、こつちは異性の相手というだけが、もうすこし複雑な色合いをもつていた。

あれから三日に一度、時としては、一日おきぐらいに、井出夫人のところへ顔を出した。野菜や果物をもつて行くこともあり、手ぶらで行くこともあつた。手ぶらで行くときは、ちよつとしたニュースをみやげにした。

井出夫人は、たいがいミシン仕事をしていた。縁伝いに、そのそばへ行つて、仕事の邪魔をせぬように話をしかけた。夫人は、立つていつて茶を入れることもあるが、今日は忙しいからと言つて、そのまゝミシンをはなれないこともある。