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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
渡り鳥
「外へ出すな」
と、東儀は呶鳴った。
羅門は、死骸を見すてて、塀際の方へ駈けた。東儀もむろん追い捲くした。――だが咄嗟に、女性の嫋かさをかなぐり捨てた花世は、翼をひろげた雉子のように迅かった。裾をひるがえして、泉水を跳んだ、追いすがる捕手たちを、片手なぐりに斬ッて払いながら、築山を越え、樹の枝にすがり、そして塀の外へ跳び降りてしまった。
呼子笛のつんざき!
疾風のような跫音!
辻に、橋の袂に、河べりの樹蔭に、彼女の走るところに人影がみだれた。彼女の手にある脇差は、いつのまにか柄だけになっていた。目釘が折れて刀身はどこかに落してしまったのであろう。しかし、彼女はそれにも気がつかずに、柄だけの刀を握って、ひた走りに逃げて行った。
闇、闇、また闇。――行く手は暗い、彼女の運命のように暗い。
はやくも襲われた呪いの暴風に、愛人との隠れ巣、父との愛の家、そしてその一人の父の非業な最期すら見捨てて、どこへ、どこまで、おわれて行く彼女であろうか。
渡り鳥
まだ東風が肌寒い。翌年の二月初旬である。
今し方まで、宿端れの撞木橋の上で、金毘羅詣りの男と、気のはやい三度飛脚が、つまらぬ間違いから喧嘩を起して、往来の旅人が、足をとめて、真っ黒にたかッていた。