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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

めっそうもない飯盛女たちじゃ」

と、自分の子でも庇うように、

「さ、郁次郎様、貧しい家でございますが、どうぞお寄り下さいまし」

「乳母や、あまり人の前で、郁次郎郁次郎と、わしの本名を言ってくれるな」

「おや、なぜでござりまする?」

「すこし仔細があって、身を隠している体だから」

「長崎へご勉強においでになったというお話ですが」

「その長崎の修業中に……」

と、何か言いかけたが、急にそわそわと、

「乳母や、とにかく家へはいって」

と、急ぎ足に歩き出した。

乳母のお杉は、昔、自分の手で育てた郁次郎が、何かふかい秘密をもって、身を隠す地を頼って来たと聞いて、深い理由もたださずに、ただ盲愛にちかい気持で、

「よろしゅうございます。お杉が、きっとお匿いいたしまする」

と、ひきうけた。

だが、お杉の亭主は、宿場人足のあぶれ者だった。呑ンベの繁といって、戸塚でも鼻抓みの男である。

で、昨日。

お杉は一挺の駕を雇って来た。

「宅では、不安心でございますから、私の縁者の者が、ここに神官をしておりますゆえ、これを持って、ひとまずそこへ」

と、文字は拙いが、真心のこもった一通の手紙を添えて、行く先も、繁には内緒にして、先の隠れ家へ立たせた。