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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
物思う人
なんと、奇異な暗合だろう。郁次郎は顫きながら彼女の中指の爪を見つめた。その爪は、烏の嘴のように、黒い艶をもっている。
「おお……花世と、同じ爪だ」
「おはぐろ爪」
と、直美は手を引っこめた。
そして、
「晩にね」
と、媚びた眼をのこして、緋と白との、鮮らかな艶姿を、拝殿の蔭へ、消してしまった。
物思う人
「巫女が死んでいる!」
江の島の山の雑木林には、まだ、海霧が乳色にからんでいた。朝はやく、峠を越えて、裏磯へ出る鮑捕りが、こう騒ぎ出したのだった。
江之島神社から四、五丁奥の林の中である。
巫女の直美は、一太刀で、むざんに殺されていた。みんな、その美貌を惜しがった。
島役人が来て、検死帳へ書き上げた一ヵ条には、死骸、証拠品などのほかに、直美の左手の中指が斬りとられてあることが特記された。
指を切られて殺された女。
それと同じ事件は、去年、江戸にもあった。
女笛師の鷺江雪女の死骸も、左手の指が切られていた。
いや、あの時の雪女は、同じ左の手でも、切られた指は、人さし指だった。こんどは、中指だ。
指切りの悪魔。ふしぎな殺人だ。下手人は誰だろう? 何の目的で殺したのだろう。