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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
、肚の虫が可笑しがって困りましたよ」
「でも、少しは酷い眼に会ったでしょうが」
「何、これで胸が清々しました。――けれど、どうしてこの同心を、すぐこの場で殺さずに、作兵衛小屋とかへ持って行くのですか」
「そこが、ご家老一流の、細心なところなので」
「じゃ、死骸の始末をするためにですか」
「左様。死骸をこの辺に埋めておいて、万一、強雨の後などに、土中から洗い出されると、ここは叡山道で人通りもあることゆえ、世上へ洩れる惧れがある」
「なるほどネ」
「江戸の上役人が、含月荘の領内で、殺されていたと分ったひには、こいつ、大破綻になりますからな。――そこで、如意ヶ岳の作兵衛小屋へ持って行って、炭焼竈の中で焼いてしまおうというお考えなので」
「それなら、衣類も大小も、みんな灰になってしまうから、世間に分るはずはない」
郷左衛門の細智に感服しながら、玉枝も、一同の後に尾いて、そこから細い山道づたいに、谷一つ彼方の如意ヶ岳へはいって行った。
山の主といわれる炭焼の作兵衛はそこに住んでいた。
作兵衛はもう六十近い老人だが、腰も曲がらず病というものを知らない。楢薪で組んだようなほッたて小屋に住んで、三つの竈で焼く炭は、すべて含月荘の台所へ納まることになっている。