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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

真っ暗な床の上に、乾し鰈のように、俯ッ伏していた郁次郎は、悪夢からさめたように、ふと、頭だけをもたげた。

「? ……」

青白い顔、尖った頬骨、そして、やや狂に見える眸のうごき。

ああ。この変り果てた姿を、老先生が一目見たらどんなだろうか。

「…………」

がくりと、彼はまた、頭を垂れた。

深々と、井戸の底にでも墜ちてゆくような眠りが、疲れた神経をすぐに昏睡させた。といってもそれはほんとの眠りではない。

「おや?」

彼はまた、窪んだ眼を、剃刀のように、キラキラさせて、

「……誰だ、誰だ」

と、枯木みたいな体を這わせて、牢格子に縋った。

すると――

外の星明りに、ふわりと、白い顔がうごいた。忍びやかに、樹蔭をぬけ出して、自分の方へ近づいて来るのである。

「あっ……花世!」

彼が、思わずそう叫ぶと、近づいて来た女の影は、かえって、驚いたように飛び退がって――

「あっ、違ッた」

と、木立の暗がりへ走りこんでしまった。

「花世、花世」

郁次郎は狂わしげに、その、腕を、肩を、牢格子へぶつけて、もがいた。肩の肉がやぶれて、獄衣に、血がにじみ出すのも知らずに、及びもない力を、獄壁へぶつけた。