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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
百日の鐘
じっと、天井をにらむ。眼をふさぐ。
喉には、紫いろの痣が見えた。だが、そんな苦痛は、もう彼にはまったく無感覚であった。
「オオ。いまこの家の前の川すじを触れて行った船頭の声は、明けの六刻までに、大川筋の川番所へ、交代役人をのせて行く見廻り船だ。――してみると、まだ奉行所の牢開けまでには、わずかな間がある」
どんな名案があるのか、老先生は、決してゆうべのように、狂躁して、取り乱してはいなかった。
やがて、むっくりと、立ち上がると、二階の窓障子を、開けひろげた。――白みかけたばかりの夜明けの風が、今や、刑場の筵にのって、刃の露に散ろうとするわが子のそばから吹いて来るように、冷々と、老先生の顔を衝った。
百日の鐘
幕閣のうちでも、奏者衆といえば、若年寄の次席である。小笠原左近将監は、その奏者衆たるうえに、寺社奉行の重職をかねていた。
上屋敷は、八重洲河岸の川ぞいにある。禄は四万石、そして、彼はまだ若かった。時勢の新人で、俊才で、未来の老中をもって嘱目されていた。
この人の習慣として、毎朝、起きぬけに百射百振をことかかなかった。百射とは、まだきに起きて、弓を百本射る。