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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
胃液は、もう消化する何物もないのに、まだ主体を生かさんために、胃壁そのものを溶かしはじめた。自壊自給作用である。それは堪らなく不快な嘔吐気と激痛とを発作的に起した。――眼はくぼみ視力は衰退し、爪は白っぽくなって、肉の削げた細い指の先に、一枚一枚、ぽろりと落ちそうについている。
「死んではならぬ! 死んではならない!」
彼は、その一念で、生きていた。
また、栄養なく、ただ剃刀の刃みたいに鋭くなった頭脳の中は、一日一日と、暗黒に空虚に、消えてゆく日のことだけでいッぱいだった。彼は、岩窟の外の光線によって、毎朝、岩壁へ爪の先で深く一筋ずつ印を彫っていた。
「ああ……今日でもう二十二日」
岩壁の暦の筋は、今朝で二十二本になった。
江戸を立った時からの日数を繰ってみると、もう四十日近い時間が空しく、まったく空しく、消えているのだ。
「ええ、どうしよう!」
彼はもだえた。いや、悶える力すらも、今は一刻ごとに、その肉体から失くなって行くのだ。彼は、コツコツと、自分の心臓をたたく死の音に恐怖した。
「俺は生きたい! 俺が生きて、もういちど江戸表へ帰らなければ、老先生は自滅だ。