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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

人目にかからずに歩くには、屈竟な道だ。

やがて、そこの地域をぬける、淋しい溜池下である。それを右手に、唖は、霊南坂を登って、やがてまた、飯倉の屋敷町の方へだらだらと降りた。

大きな銀杏だの欅だのが落葉している閑静なしもたや町の一軒。

「? ……」

唖は、その前に、突っ立った。

――大蔵流京笛御指南、鷺江ゆき女。

かなり隔てている波越八弥の眼にも、その家の風雅な小門にかけてある看板の文字が、ありありとこう読めた。看板の木が新しいからである。

唖は、小門の戸に手をかけて、がたがたと揺すり始めた。――もうそれだけで充分である。

「それっ」

と、東儀与力が手を振ると、加山、波越、そのほかの捕手がすぐ唖を縛り上げて、用意して来た盲目駕に抛り込んで、すぐ伝馬牢へ送り戻してしまった。

「さ、いよいよ兇行の場所はここと極った」

三人だけは残って、静かに門の戸をコジ開けにかかる。

「どなた様ですか」

すると、生垣隣りの、しもたやの窓が開いて、四十前後の女が、寝衣すがたで外を覗いた。

よい者が起きてくれたと、東儀与力は窓の下へ寄って、

「静かにしてくれ、吾々は、奉行所の者だから」