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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
落し印籠
「え、お客様がお待ち遊ばしておいでになるって? ……どちらのお部屋に?」
そこへ、障子の外に、帰って来た花世の声が、明るくひびいた。
落し印籠
明るい微笑みに、いっぱいな愛嬌をたたえて、花世は、客の待つ室の障子をしずかに開けた。
「これは東儀様でござりましたか、いつぞやは飛んだお間違いをかけた上に、わざわざ送って戴いたりなどして、まだお礼も申しあげず……」
「いやいや、その折は、拙者こそ大きに失礼いたした。時にこれにおるは、其許もご存知であろう、噂のたかい、上方の羅門塔十郎殿で」
「ま。……ではこのお方が、あの有名な」
「お初にお目にかかります」
と、塔十郎は不躾にならない程度に、花世の顔を正視しながら、初対面の挨拶を交わして、静かに、品よく、四方山の座談に移る
――まず彼女の父の消息をたずね、江漢老人との旧交ぶりを語り、床の間に見える八雲箏から、琴の話、挿花の批評、東都の感想、江戸と上方との流行の差などほとんど尽くるところがない。その話がまた、いちいち該博で、蘊蓄があって、そして衒わず媚びずである。惚々と人をして聞き入らしめる魅力がある。
(さすがに知名な士、羅門様ではある)