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よあけのつじ
夜明けの辻
山本 周五郎
「新国民」1940(昭和15)年12月~1941(昭和16)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,801 字 · 86 页
伊兵衛はまずこの峡間にある熊の道を襲うつもりで、山の口から左へ折れて来た。そのとき四五人の侍たちが、正面の坂を足早に登って行くのを、伊兵衛は吹雪のかなたにちらと認めた。
――ばかに急いでいるな。
と、そのとき伊兵衛は思った。
むろん家中の者だろうと思ったし、それだけで忘れていたが、いま眼の前になま新しい血痕を見ていると、あのとき急いで登って行った侍たちの姿がふと思いだされたのである……孫次郎と十郎兵衛は側から急きたてた。
「おい、なにを考えているんだ」
「早く追っかけよう、どっちへ行けばいいんだ。下か、上か」
「こっちだ、しかし気をつけろ」
伊兵衛は疎林の中へはいって行きながら、脅すように低い声で云った。
「手負いの獣は危険だぞ、いきなり跳びついて来るからな。静かにするんだ」
三人は静かに進んだ。
疎林はなだらかな斜面をなして、北側へと低くなっている。あとからあとからと吹きつけては積る雪の、ひとところだけ、なにものかしばらく前に通った跡が、窪みとなって残っていた。伊兵衛は先頭に立ってその跡を尾けた。
しかし百歩と行く必要はなかった。
雪の窪みが尽きたところに、古い杉が一本だけ立っている。