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よあけのつじ
夜明けの辻
山本 周五郎
「新国民」1940(昭和15)年12月~1941(昭和16)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,801 字 · 86 页
五の二
伊兵衛はきっと夜空を見上げながら云った。
「拙者が無事に帰ったこと、間もなくお眼通りするということをお伝え申すのだ。明日はきっとまいるから」
「でも旦那さま、もしや城下へおいでなさいますのでしたら」
「拙者のことは心配するな。母上への伝言を忘れずに、行け、闇夜で道が危い、くれぐれも注意して行くのだぞ」
「でも……旦那さま」
気遣わしげな家僕の声をあとに、伊兵衛は城下への道を足早に急いだ。
来栖を訪ねようかと思ったがまず国老に会うべきだと考え直して、裏道伝いに津田邸へ向った……まだ宵の八時頃であったが、雨催いの闇夜で、忍ぶには屈竟である。
――玄関からは訪ねられない。
それは覚悟していた。
残雪が、斑に闇の小径の標になってくれた。伊兵衛は遠い人声や、犬の気配にまで注意しながら、やがて津田邸の裏手へ辿り着くと、いつか大弐を覘って忍び込んだ心覚えの場所から、巧みに邸内へと身を躍らせた。
五の二
「……誰だ」
障子にゆらりと人影が映って、低く呼びかけながら窓のほうへ近寄って来る。
津田頼母の声だった。
伊兵衛は丸窓の障子へ身をすり寄せるようにしながら声を忍ばせて、もういちど名乗った。