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よあけのつじ

夜明けの辻

山本 周五郎

「新国民」1940(昭和15)年12月~1941(昭和16)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,801 字 · 86 页

青空文庫

五の三

「なかだち役を買ったわしにも、こんなことが起ろうとは信じられなかった。しかし功刀……人間が心をむきだしにするときは、善悪にかかわらず恐しい力を現すものだな」

「それはどういう御意でございますか」

「山県先生を幕府へ売るための、訴状を書いたのは道之進だ」

「…………」

「彼は、おのれの立身のために、先生に師事するごとく見せていた。わしの藩政改革が成功するとみて、わしのために働いていた。しかし事態が変り、幕府が、先生に強圧の手をのばし始めると知るや、即座に身を翻してわしから去り、松原郡太夫に一味して先生を売ったのだ……そのもとの妹との縁談を破った理由もそこにある。人間が心をむきだしにする時のすさまじさ、功刀、そのもとはこれをすさまじいと思わぬか」

五の三

伊兵衛はながいあいだ黙っていた。

彼の頭は濁流の渦巻くように混乱して、しばらくは考えを統一することも困難だった……彼は道之進の明敏な質に一目おいていた。道之進の才子肌な点には不快を感じても、犀利な頭脳と進退のみごとさには敬服していた。

――気に喰わぬやつだ。しかし人物としては一流にぬきんでているだろう。

そう信じていた。