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よあけのつじ

夜明けの辻

山本 周五郎

「新国民」1940(昭和15)年12月~1941(昭和16)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,801 字 · 86 页

青空文庫

六の一

伊兵衛はその女のように美しい顔を、心から忿怒と侮蔑の眼で睨み下しながら、それでもなお、道之進の悲鳴の中からでも、底を突いた本音が出ることを希望した。

「道之進、立て!」

叫びながら大剣の柄へ手をかけた。

刹那! 道之進は身を躍らし、縁台を伊兵衛のほうへはねあげて、毬のように外へとびだした……伊兵衛は一刀その背へあびせたが、届かなかった。それで、逃さじと追って出た。

あとにははね飛んだ提灯が、生物のようにめらめらと燃えだした。

六の一

鼬のように素早かった。

背をかがめて、疾走していた道之進は、用水堀の土橋の袂まで来たとき、足袋跣の足を、凍てた雪に踏み滑らせて、だっと顛倒した。

――しまった。

はね起きようとするうしろへ、

「来栖、動くな!」

と叫びながら伊兵衛が殺到した。

道之進は起きようとした姿勢をそのまま、本能的に防禦のかたちに振り向けた……つり上った眸子と、まくれた唇のあいだから剥きだしになっている歯と、暴々しく喘ぐ息と……伊兵衛は路上の雪の仄明りにそれを見やりながら、

――これがこいつの正体だ。

――小幡きっての美貌も、織田家随一と称された俊敏の才も、ひと皮剥けばこんな卑しい、哀れな見下げ果てたものだったのだ。