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よあけのつじ
夜明けの辻
山本 周五郎
「新国民」1940(昭和15)年12月~1941(昭和16)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,801 字 · 86 页
六の四
それだけを母は祈っています」
「五郎次、母上を頼んだぞ」
「……旦那さま」
五郎次はそれ以上なにも云えなかった。ただ泪の溢れた眼で若き主人を見上げながら、なんども大きく頷くだけだった。
伊兵衛はもういちど母の顔を見た。母の眼は微笑していた。伊兵衛も微笑した。そして思切って外へ出ながら、
「佐和そこまで送らないか」
「はい」
妹はとびたつように追って来た。
六の四
竹藪を廻って丘の上へ出た。
東の山脈の上に、ようやく昇った朝日が八万の光芒を放って耀きだした。道の上にむすんだ霜を踏み砕きながら、丘の下り口まで来たとき、伊兵衛は足を止めて振返った。
「さて、お別れだ。佐和」
「はい」
「別れるまえにひと言だけ云っておく」
「…………」
「ゆうべ道之進と会った。あれをおまえの良人に約束したのは兄の鑑識違いだった。精しいことは云えないが、ゆうべは道之進を斬るつもりだった」
佐和は顔色を変えた。
「あいつは性根の腐ったことをした。武士の名を汚すやつだ。それで斬ろうとした……しかし斬れなかった。あいつは才子でもなく智恵者でもない。気の弱い、可哀そうな男だ。火傷をするまで火の熱さを知らなかった男だ。