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よあけのつじ

夜明けの辻

山本 周五郎

「新国民」1940(昭和15)年12月~1941(昭和16)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,801 字 · 86 页

青空文庫

山県どのを斬るまえにおれの云うことを聞け」

「無用だ。すでに変心した貴公の言葉など聞く要はない。通せ功刀!」

「通さぬ……東寿どの」

伊兵衛は振返って、階上へ叫んだ。

「先生を伴れてお立退きなさい。ここは拙者が引受けます」

「うぬ裏切り者が!」

十郎兵衛が喚きざま抜討ちをかけた。それより疾く伊兵衛は身を翻して階段の半ばまで跳退いていた。十郎兵衛は、頭上へ打下される太刀を避けようともせず、そのまま足を踏み鳴らして階段を駈け登る。

「功刀は拙者がもらう。大弐を逃すな」

と叫んで詰寄った。

声に応じて、後にいた三人が、裏手へとびだして行くのを見ながら、伊兵衛は大弐主従のいた部屋の前まで退って来た。

「山県どの、東寿どの」

声を掛けたが返事がなかった。

――逃げてくれた。

と思う、そのはなへ、十郎兵衛が絶叫とともに斬込んだ。しかし大剣は空を截って障子を裂き、伊兵衛は裏梯子のほうへ走っていた。

――大弐どのを落さなくてはならぬ。しかし彼等を傷つけることはできない。

「待て、功刀!」

という声を背に、伊兵衛は裏梯子を滑り下りると、逃げ惑う宿の人々のあいだをぬけて、裏手へとびだした。