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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

「これは北条の若様で、ここにおいででございましたか、先刻お越しでございましたが、お酒をいただいておりましたので、お狂言のお稽古もできませんでした。……それはそうと今日はよいお天気でお日様が笑っておりますなあ。自然と人間の心持ちも笑いたくなるではござりませぬか」

いいいい嘉門は空を仰いだが、その額に明るく日があたって、咽喉のあたりが暗く見えた。と、両手をフラリと上げて、垂れている藤の花房へさわった。と、その花房にたかっていたらしい、無数の蟆子のような小さい羽虫が、花粉かのように舞い立ったが、日光の中に吸い込まれてしまった。上へのばした両手を下ろすと、その手を今度は胸へ組んで、ヒョロリヒョロリと歩き出した。「承れば左内様には、ご老中筆頭の左近将監様の、ご妾腹ながらもお姫様の、満知姫様とご婚約とのお事、結構なことでござりますなあ」右のほうへヒョロヒョロとよろめいたがそちらにお菊が放心したように、空虚の眼をして立っていた。

と、その顔を睨むように、嘉門は鋭く見やったが、「娘も十九になりました。婿取りせねばなりませぬ。大事な年頃なのでございますよ。若いりっぱなお武家様などと、こっそり人気のない花の蔭などで、自由な話などをしていては……ハッハッハッ、何をつまらない! つまらないことをいい出しましたなあ」