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むすめえんじゅつし
娘煙術師
国枝 史郎
「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页
大川の流れはかなりゆるやかで、そうして水上は暗かった。
しかし対岸の西両国には、華やかな光がともっていた。船宿だの料理屋だの水茶屋だのが、岸に並んでいるからである。水へ向いた室々の窓や障子に、燈火の光が橙色にさして、それが水面に映ってもいた。
三味線の音などもまれまれに聞こえる。
二隻の屋形船はすべって行く。
石置き場のほうへ行くのである。
大川を右へそれたならば、一ツ目橋となるであろう。一ツ目橋の袂から、水戸様石置き場へ上がることができる。
こうして三人を乗せたところの、燈影の暗い屋形船が、一ツ目橋のほうへそれようとした時に、一つの意外な珍事が起こった。
浪人者の乗っている、燈火のついていない屋形船から、一本の小柄が投げ出されて、三人の兄弟の乗っている、屋形船の障子をつらぬいて、薄縁の上へ落ちたことである。
その柄に紙片が巻きつけてある。
「私情から申しても怨みがござる。公情から申せば主義の敵でござる。貴殿に闘いを宣するしだい、ご用心あってしかるべく候。――桃ノ井久馬の息兵馬より山県紋也殿へ」
紙片に書かれた文字である。兄上と呼ばれた青年の武士は、さすがにその眼を険しくはしたが、躊躇しようとはしなかった。