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むすめえんじゅつし
娘煙術師
国枝 史郎
「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页
「よろしい飲もう、享楽のために」で、紋也は盃を干した。
すぐに徳利を取り上げると、手酌で盃へ酒をついだが、徳利を置くと盃を取った。
「さて何かを祝おうではないか」で、四辺へ眼を配った。
三尺幅に一間ぐらいの長さの、足高の卓袱台が四、五台がところ、土間に位置よく置かれてあったが、その一台を前に控えて、紋也は飲んでいるのであった。空の徳利が五、六本がところ、左の側に片寄せられてある。三皿ばかりの酒の肴が卓袱台の上に置かれてあったが、一皿だけが荒らされていた。一見柔弱に思われるほどにも、紋也は美男でもあり、きゃしゃでもあったが、酒にはきわめて強かった。そうして酔っても崩れなかった。軽快な言葉つきや態度などが、いよいよ軽快になるばかりであった。そうして得意の冗談口や、洒落や滑稽や逆説などが口を突いてほとばしり出るばかりであった。
十分に紋也は酔っているらしい。白皙の顔に紅潮がさし、眼の色が少しく据わっている。しかし姿勢は崩れていない。背後に奥の部屋へ通って行かれる、上がり框の障子を背負い、右手に料理場の暖簾口を持ち、正面に外への出入り口を控えた、そういう位置へ腰を下ろしながら、一人で喋舌って手酌で飲んで、眼につく物や耳に聞こえるものを、いちいち祝福して乾盃するのであった。