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むすめえんじゅつし
娘煙術師
国枝 史郎
「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页
――で、盃を取り上げたが、濡れている縁を蝋燭の火に光らせ、つと口まで持って行って、すぐと紋也は一息に干した。
しばらく四辺は静かであった。二人とも黙っているからである。
嫖客の群れの往来する姿が、出入り口の暖簾の隙から見える。と、時々チュッチュッという艶めかしい私娼の口を鳴らす音が、嫖客の駄洒落や鼻唄もまじって、二人の耳へまで届いて来た。
だがここの土間はしずかであった。と、その静けさを破壊しない程度の、悩ましいようなつぶやきの声が、こうお粂の口から出た。
「ずっと以前からでございますよ、一度しみじみとしたお話などを、いたしたいものと存じまして、変ないいまわし方ではございますが、あなた様の後を今日が日まで、どのように追いかけたことでしょう。するとどうでしょうあなた様には妾が悪女ででもあるかのように、逢うまい逢うまい、話をしまいと、そういうごようすをお見せになられて、避けてばっかりおいでなされた。……」怨情とでもいうのであろう。眼には痛々しい光をたたえて、お粂は紋也をみつめたのであった。
そういうお粂のようすを見ては、恬淡で磊落な紋也といえども、釣り込まれて優しい言葉ぐらいは掛けてやらなければならないだろう。