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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

だがどうにもおかしいなア、あの老人なら去年の四月に、三宅の島で死んだはずだ」

茫然といったような形容詞は、まさにこの時の代官松の、表情にかぶせるべきものであろう。そんなようにも茫然と――掏摸のことなどは忘れたかのように――代官松は眼を据えた。

「あの老人があの老人なら、とほうもない獲物といわなければならない。こいつアしっかり見届けてやろう」

小刻みに忍びやかに走り出した。

両国橋の橋詰めをめがけて、歩いて行く一人の老人があった。編笠をいだいている上に、向こうを向いているところから、顔の形はわからなかったが、半白の切下げの長髪が、左右の肩へ振りかかって、歩調につれて揺れるのが、一種の特色をなしていた。人波の上をぬきんでて、五寸あまりも身丈が高い。非常な長身といわなければならない。清躯あたかも鶴のごとしと、こうもいったら当たるであろうか、そんなにも老人は痩せていて、そうしてそんなにも清気であった。無紋の黒の羽織を着して、薄茶色の衣裳をまとっている。袴を避けた着流しである。大小はどうやら短いらしい、羽織の裾をわずかに抜いて鐺の先だけを見せている。儒者といったような風采である。