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むすめえんじゅつし
娘煙術師
国枝 史郎
「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页
――で、またもや塀へ手をかけ、身をひるがえして塀の上へ、今や姿を現わしたのであった。塀の上へ体を据えながら、月に明るい往来の左右へ嘉門はせわしく眼を配った。明るい往来の明るさは、落ちている小石さえわかるほどであったが、人の姿は見えなかった。往来の向こう側を流れている神田川の水の音ばかりが、寂寥の中での音であった。
「よし」と嘉門は口の中でいうと塀をすべって下りかけた。真っ向からさし込んでいる月光によって、嘉門の姿はよく見える。懐中の辺のふくらんでいるのは、巻き奉書と綴じ紙とが、そこに蔵されてあるからであろう。と、あらわに痩せた脛が膝の上まで捲くれ上がり衣裳の裾から洩れて見えたが、その脛が一本塀の上から、塀の面へのばされて、拇指の先が鈎のように曲がって、塀の面の一所へ疣のように吸い付いた。拇指をぬかした四本の指の爪が貝のように光っている、月光があたっているからであろう。それは嘉門の右の足であって、塀の面を伝って、往来へ下りようとしているのであった。「えいッ」と口の中で声をかけて、嘉門はやがて飛び降りようとした。
すると意外にも背後のほうから、「誰じゃい!」