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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

で、代官松の一味の者が襲っては来なかったということと、小次郎がいなかったということと二つ以外にはいうことはなかった。そこで鈴江は駒雄へ頼んだ。

「どうぞ雉子町の私たちの家で、留守居していただきとう存じます。そうして小次郎が帰りましたならば、今夜の事情をお話しくだされて、ここのお屋敷へあなたともども、ぜひともおいでくださいますよう」――そこで駒雄は意を体して、雉子町の紋也の家へ行き、鈴江ばかりが裏庭へ残った。裏庭の土塀の内側に添って、木立ちが深く茂っていたが、それの一本へ背をもたせかけて、鈴江は考えに打ち沈んだ。うなだれた顔は暗かったが、頸足と肩とが木立ちを通してさしている月の光にあたって、水にでも濡れているかのように、蒼白い色におぼめいて見え、裾からわずかばかりはみ出している足の爪先がわけても白く見えた。月光がたまっているからであろう。

「北条美作の印籠で、妾があの時にすりましたと、お粂様がおっしゃって渡してくだされたが、抱き茗荷の定紋が、金蒔絵をなして付いている。美作の印籠に相違あるまい」

こう鈴江がつぶやきながら、眼の前へ差し出した掌の上に、一つの印籠がのっていて、月光が灰色にけぶらせていた。