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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

秀之進は思わず苦笑したが、東湖はいきなり立ちあがって、「こいつ、小四郎」と叫びながら廊下へとびだした。すると小四郎はまるでつぶてのようにすばやく、低い垣根をとび越えて裏のほうへ逃げ去ってしまった。東湖は廊下に立ってそのようすを睨みつけていたが、やがてふり返ると、「早水さん」と妙にしみ入るような声音でいった、「あれもやはり庶子ですよ」

「…………」

秀之進はと胸を衝かれた。えっと思った。いきなり頭へひらめいたのは、さっきかれが庶子だと名乗ったとき、東湖が非常に痛いところへ触られたような表情を示したことだった。――そうだったのか。眼から鼻へぬけるような賢しさ、ひと癖ある眼つき、そして傍若無人とも思える明るさ、少しも曇りのない、すくすくと伸びた若い杉のような少年。……秀之進はふと悲しいような感動が胸へ湧きあがるのを覚えた。

――まあ暫く遊んでゆくがいい。そう云われただけで、結局その日は得ることなしに藤田家を辞した。得ることなし、というのは使者としてのことで、秀之進個人としてはその半日ほど多く得ることのあったためしはない。宿へ帰ったかれは、高松の左近頼該にあてて水戸到着の模様を書き送った。