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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

「版元の格が落ちたんじゃあない竹亭さんの値打があがったのさ」

「う、さアねえ、そんな甘い手でまたいたぶる気だろう」

これが此の頃の竹亭の口癖である。人の顔さえみれば「また版元から来やあがって」という。まんざら嘘ではない。「恋の手車」というのが当ってからたしかに書肆が眼をつけだしたようである。しかし板行の交渉に来るのは大抵が小さな版元だった。よその書肆で売りきって、使えなくなったような板木を安く買い、表紙や題だけ変えて新作のようにして売りだすという、そんな仕事をしている店からの注文が多かった。しかしそれでも版元は版元だからまるで嘘をいっているわけでないことはたしかだろう。

「いや今日はいたぶりじゃあありませんよ」藤吉はさぐるような眼つきをして云った、「ゆうべは遅くまで骨を折って頂いたし、もう先のめどがついてるんだから、今日はひと口さしあげようという段取りなんです」

「おい藤さん、本当かい」

「藤さんときましたか」番頭はにやっと笑った、「尤もさしあげるのはあたしじゃない、実を云うと少しまえから竹亭さんといちど飲みたいという方がありましてね、是非あたしにひきあわせろと頼まれていたんです」