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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
宗兵衛はじっと秀之進の眼をみつめた。なにかをさぐりだそうとする眼光である。
「おれに代ってやると申すが、かれらにそれができると思うか、勤王とか攘夷とかたやすく云うが、譜代の主を持ち家族のある者には、そうやすやすと越えられぬ障碍があるぞ」宗兵衛の声は重かった、「武士は主君の御馬前に死ぬということを至上とする、そのために親代々、食禄を賜わり扶持されてきた、これはもはや掟でも命令でもなく、血そのものに流れている伝統だ、理論ではいくらも勤王を叫ぶことができよう、しかしいざ起って行動に移ろうとすれば、必ずこの壁につき当る、問題はおのれ一個ではないのだ、血のなかに生きている父祖三百年の伝統が前へたち塞がるのだ、これはただ踏み越せばよいという単純なものではない、かたちのある物ならうち壊しもしよう、眼に見えず手に取れぬ障碍は壊しようがない、かれらはそこを考えているか」
「たしかに、それは現在の青年たちにとってなにより大きな苦痛だと思います、親兄弟を飢死させることは忍んでも『主君の馬前に死ぬ』という伝統の血を否定することは容易ではありません、その苦痛の大きさは充分に認められなければならぬ点です、けれども」