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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
しばらく言葉がきれて、軒に吊ってある風鈴の音がはっきりとうきだした。
「今夜は泊ってゆくがいい」宗兵衛がふとかえりみて云った、「このような時勢だ、これが生別になるかも知れぬ、家族は中屋敷の家のほうへいっているから遠慮はいらぬ、どうだ」
「……はい、忝のうございます」秀之進はじっと眼をあげたが、「しかし太橋も待っていましょうし今宵は戻ってやすみたいと存じます、高松へはいつおたちでございますか」
「もう四五日うちだ」
「御旅中をおいとい下さいまし、水戸のことも亀阜荘さまへお願い申します」
秀之進は暇をつげるために座をすべった。
宗兵衛が泊めたがっていること、もっと話したがっていることはよくわかった。けれど秀之進は反対に、一刻も早くそこを去りたくなっていた。父との再会に当って、云いたいこと、聞きたいことの数々の期待をもっていたが、実際にはその期待は一つも酬われなかった。父と対座した瞬間に秀之進が感じたことは、自分たちが、もはや単に父と子の対面に溺れることができなくなっているという事実だった。日本という国の当面している大きな苦悩、生れようとするもの、胎動、そのことの前にはもう父と子の個人的な感動などは入りこむ隙がないのだ。