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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
やがてどうしてか、笛の音がはたと杜絶えた。
どうなさいました、梅八がそう云おうとしたとき、格子戸が明いて竹亭寒笑の声がした。はいって来るのを見ると、ひどく仔細らしい顔で、風呂敷包を抱えていた。
「若旦那はもうお立ちですか」
「緞帳芝居でたてを弾きあしまいし、ものを云うなら坐ってからにおしな、お嬢さんのいらっしゃるのが見えないのかい」
「坐りゃあいいんでしょう」寒笑は坐った、「どうもげせねえ、おいらがちょっと顔を出せば待ってましたと許りにお小言だ、へえ坐りました、生かすとも殺すとも」
「うるさいねえ暑いんだからそう吠えなさんな」
「吠える、……なるほど、然しものには云いようもあり聞きようもありやすからな、和言で聞けば犬の遠吠だが、これをヨーロッパの言葉で解けば、ホウエルてえと、……つまりその、なんでさあね、鯨だかなんだったか、そのう」
「鯨も毛物だそうだから吠えるには違いないじゃないか、別に威張るほどのことでもないだろう」
「仰しゃるとおりでげす、ところで柿崎さんのお嬢さん」旗色が悪いので彼はこう向きを変えた、「いま笛の音がしていたようですが、お嬢さんのお嗜みですか」