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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
「……はっ、それは……」
「まいれ、見せて遣わす」
そう云って立ってゆくので、宗兵衛もしかたなしにあとからついていった。……左近は別棟になっている講堂のような建物へ導いていった。御殿とは渡り廊下でつながっている。まわり廊下で、畳五十帖ほど敷ける広間の、一方に祭壇の設けてある部屋だ。そしてその祭壇には七字の名号を書いた軸が掛けてあった。
「ときどき信徒を集めては、ここで余が法華講釈をやる、いとまと場所の都合さえつけば、領内どこへでも出かけて講釈をする……だが宗兵衛」左近は眼を細めて見かえった、「余がどんな講釈をするかを、今こそそのほうに見せて遣わそう、頭が高いぞ」
頭が高いぞと云われて、宗兵衛は両手をおろしたが「なんの法華経が」と思うので面はさげなかった。左近は祭壇に近づき、三拝の礼をしたのち、しずかに七字の軸をとりはずした、その下には白無地の軸がある、それをさらにはずすと、いきなり宗兵衛の眼へ、今上天皇――という文字がとびこんで来た。宗兵衛はあっと叫び、五六尺とびしさって平伏した。左近も座をしりぞいて両手をおろし、水のように静かな声で云った。
「宗兵衛、拝んだか」