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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
、しかしわたしは今その偶然さに因縁をむすびつけようとするのではない、むしろめぐりあった偶然さよりも、さらに思いきったことをあなたにお願いしなければならぬのだ」
秀之進はそう云ってぐっと藤尾の顔をみまもった。かの女は陶器のように冴えた頬を、さっと蒼白くしたが、双眸は臆さずに秀之進の眼を受けとめていた。
「お願いというのは、あなたにわたしの妻になって貰いたいことだ、理由は改めて云わないが、わたしは今お聞きのとおり今宵のうちに高松を出てゆかなければならない、いつ帰れるかも、いや、生きて再び帰れるかどうかもわからぬ、わたしには一人の老父があって、三谿と申す郷村に独りで住んでいる、もしあなたが早水の妻になることを御承知なら、三谿の家でわたしの帰るまで老父に仕えていて貰いたいのだ、勿論しいてとは申さぬ、よく考えたうえで御思案のほどを伺いたいと思う」
藤尾は黙って終りまで聞いていたが、やがてしずかに眼を伏せながら云った。
「そのおはなしは、さきほど太橋さまから伺いました、わたくしのようなふつつか者には分にすぎた思召しと存じます、御辞退申すのが本当だとは存じますけれど……」