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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

「ならぬ……」

「抂げてお願い申上げまする、水府御老公さま御一身に関して、なにやら軽からぬ言上がこれあるやに……」

「ならぬ、眼どおりならぬ」頼胤はきびしくはねつけた、そしてじっと見上げる内膳のからみつくような眼を、逆にするどくねめつけながら云った、「よい折だから申すが、結城はかねて不臣の始末があらわれて隠居謹慎を命ぜられた者のはずだ、その後もおりおりそのほう共と往来するようすであるが、水戸と当家とのあいだがらがとかく不調のおりから、それはふたしなみな仕方ではないか」

「おそれながら、結城の隠居はかれが水戸家を思う忠節のためと存じまする、水戸家百年の安泰を謀るがために」

「それを内膳から聞く要はない」頼胤はきっぱりと遮った、「さむらいとして主家の安泰を願わぬ者があるか、忠節を尽そうと思わぬ者があるか、主家の安泰を謀り忠節を尽す、それは武士として当然なことだ、みずから売り物にして世の同情を買うようなことではないぞ」

内膳はぐっと唇を噛んで面を伏せた。これまでにも讃岐守からそういう烈しい言葉をぶっつけられたことは再三ならずあった。けれどその夜のその言葉ほど、主君とおのれとのあいだに距離を感じさせられたことはない。