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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

……斉昭隠退の原因については、水戸家の内部にも由って来たるものがあった。同時に幕府それ自身にも時代の動向に対する確たる信念がもてなかったので、斉昭の謹慎は半歳にして解かれたが「攘夷」と「開国」との対立は解消することができなかったのである。

頼胤は溜間詰めになるとすぐ、その俊敏の才を認められて阿部正弘にふかく重んぜられ、これと相結んで枢機に参画した。したがって斉昭隠退の事件にはまったく水戸家と対立することになり、また幕命によって松平大学、松平播磨守の二家とともに「後見」という名で水戸家の内政関渉の役に就いた。その結果として、本枝の濃い血のつながりにある水戸と高松とのあいだに不和を招来することになったのである。頼胤と斉昭とは叔父甥に当っていた。すなわち父頼恕はまえにも記したとおり水戸家から養嗣子としてはいったもので、斉昭は頼恕の実の弟だからである。

もとより幕政の枢機にいる頼胤には、みずからかたく信ずるところがあった。たとえ水戸が御三家の一であろうと、斉昭が自分の叔父に当るひとであろうと「攘夷」という大問題と、そこから発する国論の処理について、幕府には幕府としての対策方針がある、自分はその政治の方向にしたがって是と信ずるところをあゆむだけだ、そう思っていた。