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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

「じゃあおじさんは此処で待っているぜ」

「向うの明神さまの森がいいや」

子供はなかなか用心ぶかく、自分のゆく先を知られたくないようすだった、大助は苦笑しながら、云われるとおり草原の向うにある明神の森というのへはいっていった。……子供はすぐに戻って来た。ひどく息をきらせて、夢中で駆け戻って来たのである。

「おじさん、いないよ」

「いないって?」

「さっきもう出ていっちゃったってさ」

大助はだしぬかれたという感じがした、「それはいつ頃のことだ、どっちへいったんだ」

「わかんないよ」

「それで、名は訊いたか」

「……だってその人がいないんだもの、訊けやしないじゃないか」

「その人のいたのはどこだ」

「おいらの家のすじ向うにある武蔵屋っていう宿屋だよ」

さっき八十吉が自分の部屋からしきりに見張っていた宿にちがいない。するとその男は、自分と八十吉と会わせておいて、その隙にどこかへ出ていったのだ。つまり八十吉の眼をのがれるために自分を使ったに違いない。ここまで考えてはじめて、大助にはその男が誰だか察しがついた。――早水だ、秀之進にちがいない、八十吉は滝川内膳の家士である。滝川は高松藩の佐幕派の頭首で、左近頼該に対し常に圧迫的な態度をとっている。