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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
ああそれかと秀之進にははじめて合点がいった。それならかれは承知していたのだ。むろん相手を侮辱するつもりではなかったが、かれにはかれの考え方があったのだ。
「わかりました」秀之進はしずかに云った、「それがあなた方を怒らせたのなら謝罪します、拙者の言葉が足らなかったのです、おゆるし下さい」
「それだけか」久木がどなりつけた、「きさま自分の無礼を咎められて、ただそれだけで済むと思うか」
「ではどうしたら気が済むというんです」
「土下座をしてあやまれ」
「…………」
「そうすれば武士の作法がどんなものか少しはわかるだろう、土下座をしろ」
秀之進はじっと相手の眼をみつめていたが、やがてしずかに一歩さがると、「むしろお相手をしましょう」と云って左手で大剣の鍔元を掴んだ、「だがひとこと云って置く、姓氏を名乗り合うのは作法ではあるが、いつも必ずそうしなければならぬということはない、どうしても姓氏を名乗ることのできぬ場合が、武士にはある、なぜなら、武士は常におのれ独りで生きているのではないから……いざ!」
云い終るのといっしょに、秀之進はつとうしろへひらきながら大剣を抜いた。