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やなぎばしものがたり

柳橋物語

山本 周五郎

前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页

青空文庫

しかしなに一つよくはならなかった。新しく建てる家はごく手軽にすべしとか、贅沢な品の贈答はならぬとか、祝儀や不祝儀の宴会はいけないとか、富籤は禁ずるなどという、緊縮の布令が出るばかりで、むしろ不況の度はひどくなっていった。

――焼け跡の木々にも新芽がふくらみはじめた。きみの悪いくらい暖かな日があるかと思うと、冬でもかえったように、とつぜん気温が下り、烈しい北風がいちめん茶色になるほど埃を巻きあげたりした。或る日、おせんが表で子供を遊ばせていると、長半纏にふところ手をした男が通りかかり、こっちを見て吃驚したように立停った。

「おや、おめえおせんちゃんじゃあねえか」

おせんは訝しげに顔をあげた。

「やっぱりおせんちゃんか」男は親しげに寄って来た、「――よくおめえ無事だったな、てっきり死んじまったとばかり思ってたぜ、おら正月こっちへ帰ったんだが、近所の知った顔にまるっきり会わねえ、おめえもやられたと思ってたんだが、なにはどうした、爺さんは、やっぱり無事でいるのかい」

おせんは子供を抱きあげ、不安そうにじりじりと戸口のほうへさがった。

「なんだえそんな妙な顔をして、おらだよ、山崎屋の権二郎だよ、忘れたのかい」