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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
……幕府では物価の昂騰を抑えたが、日雇賃を上げることを禁じた。物価はそのままだったが、じっさいになると商人たちは品物を隠して出さない、ぜひ買うには高い代価を払わなければならぬ。だが日雇賃には裏がなかった、今もっとも忙しい大工や左官でさえ、手間賃のきびしい制限をうけた。これは一般の購買力を低くすると同時に、しぜん小さな商工業へもつよく影響した。じみちなあきないやまともな稼ぎでは、その日くらしも満足にはできなくなっていった。世帯をしまう者、夜逃げをする者、乞食が殖え、飢える者が出はじめた。
「浅草寺の境内にまたゆき倒れが五人もあったってさ」
「なかに死んだ赤ん坊を負った女がいたそうじゃないの、まだ若いんだって、そばには御亭主も倒れていたけれど、動かせないほどのひどい病人だったって話よ」
「いやだねえ、昨日は御厩河岸に親子の抱き合い心中があがったし、なんて世の中だろう」
「いつになっても泣くのは貧乏人ばかりさ、ひとごとじゃあないよ」
そんな話が毎日のように出た。
三月になって年号が宝永と改まった。ちょうど季節が春であったし、この改元は新しい希望を約束するようで、いっとき世間が明るくなったように見えた。